★GIVENCHY



創立者 ユベルト・ジバンシー
1927年2月10日、フランスのボーヴェで父親が公爵位を持つ貴族の家系に生まれる。
ゴブリン織り業界の指導的立場にありタスペトリー工場を営んでいた祖母のもとで育つ。
法律家になるべく教育を受けたが、10歳のときにパリ万博のエレガンス館で見たシャネル
やランバン に感銘を受ける。のちにバレンシアガ に憧れてパリへ。

17歳でジャック・ファとのメゾンに入る。その後いくつかのメゾンを経てスキャパレリの
メゾンへやってきたジバンシーは、右腕としてモデリストに採用され4年間ヴァンドーム
広場のブティックを全面的に任される。

ジバンシーは一貫して同じスタイルを追求・洗練した。
このスタイルはアメリカでスレンダールックと賞賛され、57年以降に発表したソフトな
ラインはサックドレスと呼ばれる。しかし、自然なボディラインを強調した新しいスタイ
ルは、当時クリスチャンディオール影響下にあったフランスでは賛否両論だった。

最も尊敬するデザイナーの1人であるバレンシアガの店向かいに自店を移転したのは
1959年の事。

翌年60年にはダブル・フェイス(二重織り)なる織物に熱中し、芯も裏もない多袖ですぼま
ったコートなどを発表、この時代の代表作となる。

その後63年にコブラ皮のレインコート、68年の夜会向けジャンプスーツなど、立て続け
に大胆な作品を発表した。

56年頃から手がけた映画衣装では、ジバンシー自身がファンであった

オードリー・ヘップ バーンの衣装デザイナーとしても知られる。
「麗しのサブリナ(54年)」「昼下がりの情事(57)」「パリの恋人(57)」
「ティファニーで朝食を(61)」
など数多く手がけ、58年のジバンシーの香水には、ヘップバーンが
『私以外は使わないように』と語った事で「ランテルディ(禁止)」と名づけられた、
というエピソードもある。

1995年秋冬をもってジバンシーはコレクションを引退。
その後はジョン・ガリアーノ、アレキサンダー・マックイーン、ジュリアン・マクドナ
ルドと続き、現在メンズラインはオズワルド・ボーディング、レディースラインはリ
カルド・テッシが手がける。
 
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